城戸先輩には私が転勤族であった為か、いつか九州へ戻ったとき即入部させようと目を光らせていましたね。
昭和55年の夏、広島から帰ったとき、だれから住所を聞かれたのかすぐ背番号が送られてきました。その頃はサラリーマン現役だったので休日はお付き合いなどで多忙だったのと、地元で試合が少なかったので一度も参加せずじまいでした。
あるときお会いする機械が合った時に、怖い顔で"背番号を送ったのに何でこんのや"と厳しく指摘されまして本当に怖い先輩だなと思いました。
城戸先輩の後輩からはいつも、先輩の武勇伝を聞かされていましたが、"本当にお酒好き"でしたね。
私と会ったときは、いつも八幡ラグビー部の話が出て後輩の活躍を自慢されていましたね。
しかし私が試合に参加出来る様になった頃から体調を崩されグランドでいっしょに走ることはできませんでした。
そして平成17年11月13日、突然届いた訃報にクラブ員一同悲しみにくれました。
おりしも、宗像のグローバルアリーナで開催中の"ネンリンピック"大会に参加中でご葬儀に参加できず申し訳ありませんでした。お許し下さい。
もう先輩の叱咤激励の言葉も聞かれなくなり寂しいですが、先輩たちが作られた迷惑クラブも立派に成長しております。
ご安心下さい。
これからは天国から迷惑の試合を見守ってください。
どうぞ 安らかにお休み下さい。
合掌
写真は昨年12月11日 迷惑納会の行事のとき、城戸先輩を参加者全員でお見送りしました。
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