昨年のサンジェゴ大会に不惑の一員として参加された、斎藤(正)氏の呼びかけ「素晴しいから是非迷惑でチームを組んで参加しようや」と、内山氏のお世話により実現した、迷惑倶楽部単独チームとして初のゴールデンオールディーズ。プレーヤー22名(団長大穂氏主将下薗氏)(平均年齢65歳)、チァリーダー12名、総勢34名でNZウェリントンの遠征。
3試合とパーティーの思い出はまさに、普段に増す、ラグビーの醍醐味と外国の人々との交流の楽しさを存分に満喫した9日間でした。
以下、つたない記憶を基に、思い出を綴ります。
10/28 1日目
13:30福岡空港集合→関空で佐々木氏、川崎夫妻と合流し、結団式、内山氏の用意した、プレゼント交換用の、山笠手拭、ミニ達磨、ミニ凧、ミニ独楽のセット(これ等が後日、大活躍)を各自手にして、21:15,NZ航空に乗り換えてクライストチャーチへ向かう、迷惑の遠征には何かしら、ハプニングがつき物であるが、今回は何事もなく機内に収まる。
10/29 2日目
機内で、NZ航空の機内誌を見ていた川崎氏、ゴールデンオールディーズの紹介記事の中に昨年のサンジェゴ大会で、不惑の一員として参加、球を持って突進している斎藤副会長の写真(半ページ大)を発見、早速斎藤氏に教え、斎藤氏喜色満面、数冊をバッグに詰め込む。
などのエピソードの後11時間30分のフライトを終え、日本との時差4時間のため現地時間12:45にクライストチャーチ着、国内便に乗り換えてウェリントンへ向かう、ところが、ウェリントンは強風のため、2回着陸を試みるが、危険が危ないと、機長が判断、着陸を断念してクライストチャーチへ引き返す。クライストチャーチに着陸したときに珍問答が「もうパレードには間に合わんな」「なんで、ゆっくり間に合うでしょうもん」・・・機内で寝ていたため引き返したことに気がついていない人が2〜3人(筆者も其の内の一人)・・・
添乗員馬場・前田両氏と現地ガイドあけみさんの大わらわの活躍により17:30と18:30の2便に分かれて再度ウェリントンへ向かう。今度は無事着陸、あけみさんに入った情報によると、雨と強風のためパレードは中止になったそう、20:00過ぎにホテルに到着し、部屋にスーツケースを運び入れてすぐにフロントに集合、バスでウェルカムパーティー会場、"TEPAPA"(国立博物館)へ、1・2・3階まである広いホールも既に超満員。立食ながら飲み放題食べ放題とあって、各自ビールやワインを片手にもう片手にローストビーフなどを持ってうろうろ、ややあって、数人は、翌日の対戦相手オーストラリアのCOFFS
HARBOUR GROPERSと出くわし、早速怪しげな英語で交流、許斐氏は相手プロップとスクラム対戦、文字通りの肩慣らし。
ホテルへ帰着後、住吉氏の部屋で(シングル)7〜8人酒盛りを始めるが、しばらくすると隣部屋の外人さんからフロントに苦情が入ったらしく、注意されて、お開きに、12:00前後にベッドにもぐりこむ。
10/30 3日目
さて、試合初日、KOは14:45 午前中は各自散策や休息で過ごし午後からシャトルバスで試合会場Gallaway公園へ、そこは公園にゴールポストを立てただけとあって、4面のグランド全て起伏や傾斜が、そして、千葉不惑や法政OBなどのチームの中に懐かしい顔を見出す。
迷惑の試合場は比較的傾斜や起伏のないグランド、相手は昨日挨拶済みのオーストラリアチーム、改めて見ると、赤パン2人他は紺パン、若くてでかくて早そう、試合は全て、20分−1−×3本、スクラムはプッシュなし、年上パンツに対してはホールドのみ、黄パン以上と女性に対してはホールドもなし、(ただし前進は10Mまで、黄パン同士女性同士はOK)ながら、1本目は、でかいだけでなく巧みなディフェンスと突進力に歯が立たず、切歯扼腕、下薗主将の闘志にも火がつき、「もっと飛び込んでタックルしよう」と檄が飛ぶ、ハーフタイムで、相手の助言「黄パンにもっとボールを持たせるべき」を受け、2本目からは黄パンでつなぎ3トライを上げるも、敵もさるもの、さるもねら、2〜3人でバインドして黄パンの前進を防ぎ、要所で走られて、結果は完敗となった。また、紺パンは、原田、川崎両氏のみとあって両名が球を持ったときは「ブラックパンツ!!」と叫んで嬉しそうに猛烈なタックルを浴びせていた。
MVP(対戦相手からお互いに1名づつを選出、金メダルを贈呈)は、木本氏が受賞。
試合後は会場内のでかいテントでファンクション、迷惑はテントの隅のほうに陣取ったのと、初日の不慣れもあってか、他チームとの交流は控えめであった。
ホテルに帰着すると、インドネシアでの知人の結婚式に出席した後到着した青柳氏と合流
ただ、本人は着いたものの、荷物が未到着、シドニー空港で乗り換えた際、航空会社が積み替えをミスした模様。
10/31 4日目
この日は本部の公式行事はなく、迷惑は全員、JTBの用意したオプショナルツアー "南島マルボロ地方ワインツアー"に参加、8時前にホテルを出発、港からでっかい(小倉〜松山のフェリーよりでかい)フェリーに乗り込み、配布されたチケットで各自朝食をチョイスし、テーブルで食事、までは、何事もなかったが、船が外海に差し掛かると、さしもの大型船もピッチングが起こり始める、おおかたの人は揺れの少ない中央部に異動したが、船首部分に残って酒をあおっていた数人のうち、大穂団長と原田氏、ついに船酔いでダウン、意外と虚弱体質の一面を見せた。南島の入り江に入ってからは波もなく間もなく船酔いも収まったようだが・・・3時間の航海を終えて南島に到着。
軽い昼食後、陽気なドライバーMrトニーのバスでワイナリーへ向かう羊や牛の点在する、いかにもNZらしい景色の中を走ること1時間余り、一面のブドウ畑の中に巨大な蒸留塔の立ち並ぶワイナリー,Late
Harvesut Semillonに到着、NZの大学を卒業してそこのワイナリーで働く日本人の青年から日本語で説明を聞き、(大部分の人はその後のワインの試飲の期待で気もそぞろであったが)ワインへの博識を深め、待望の試飲、数種類のワインを飲み比べて品定め、とは言うものの、「ここだけでしか販売していない」という謳い文句に弱い、筆者をはじめ、数人はその限定ワインを手に会計へ。
2軒目は、姉妹のおばさんがオーナーというこじんまりとしたワイナリー、Forrest.先ずは葡萄畑で栽培法の説明を聞き店内のロビー、(長いすとテーブルがあり、なかなか気配りのされた試飲用のロビーであった)で、日本語で書かれた説明文を基に番号順に試飲・・・何番目のワインが美味しかったかが良くわかる、価格も良くわかる・・・これも、なかなかの気配りと商売上手。NZでのコンクールでゴールドメダルを受賞した云々というワインも試飲できたがさすがに値段も高くて購入した人は僅か。
3軒目はフランス系のワイナリー、試飲用に出されたワインも前2軒に比べて少なく、3軒目ということもあって、皆さんあまり興味を示さず。
最後は、だだっ広い畑と牧草地の真ん中にぽつんと1軒だけたたずむ、こじんまりとしたチョコレート工場、当然ながら、女性陣には本日1番の人気スポット、大量にご購入された模様。
11/1 5日目
2回目の試合日、KOは13:30なので午前中は、殆どの人は外出せずホテルで英気を養う。
青柳氏の荷物も朝のうちに無事到着、試合場はKilbirnie Park, 相手はMainland Kiwi & AshというNZチーム、黄パン1人赤パン2人、他は紺パンというチームながら、見る感じでは、年齢は高そうで、好試合が期待できそう、下薗主将も2試合目とあって、気持ちにも余裕が、黄パンで球を繋ぐ作戦を考えたメンバー編成、試合後はグランドで部歌を歌うことを指示し、「気を抜いたプレーはダメだが、ゲームをしっかり楽しんでください」と檄を。
試合は当方の思惑通り、黄パンで球を繋ぐ作戦が図にあたり、また、果敢なタックルも連発し、1本目はイーブンで終える。ところが、これが相手の闘志に火を就けたか、2・3本目は真剣で猛烈な攻防に打って出られ、思わず黄パンの大穂氏にタックルを浴びせ、レッドカードを貰う選手も出るほど。結果は完敗であったが、ノーサイド間際、ハーフライン近くからの、相手の独走を、斉藤・川崎で追いかけ、ゴール前で捕まえるなど、相手ギャラリーからも、歓声があがるなどをはじめ、試合内容は十分に満足すべきものであった。
MVPは、プレーは勿論、チームワークの原動力となった高いキャプテンシーが評価されて、下薗氏に。
試合後に、某氏、曰く、「試合の初めのほうで勝つと、相手は真剣になってくるから、次は初めは相手に勝たせとって、気を抜かせないかんばい」
アフターファンクションでは、2度目とあって、皆さん、緊張も少なく、プレゼント交換に、ステージの前でのダンスにと、席を暖める間もない活動、特に、女性数人で作成した新聞紙で作った"兜"は大人気、次々に注文が舞い込み、指や手の平を真っ黒にしておおわらわ。ついには、ステージで歌っていた歌手に、『今日はジャパンデーだ!』と言わしめるほどに盛り上がり、「試合には負けたけど、ファンクションでは勝ったばい。」
11/2 6日目
この日は本部が用意した"ピクニックデイ"バス・列車・バスを乗り継ぎ、広大な牧草地の中に造られた、だだっ広い競馬場"OTAKI RACE COURSE"へ、各自に配布されたチケットで早速、ビール・ワイン・ステーキなどをゲットし、芝の上のテーブルで優雅なランチタイムを満喫、余った飲み物券をかき集め、ワインのボトルを、夜の飲み会用に4〜5本ゲットしたのは当然。勿論、競馬も開催されていたが、馬券の買い方が良く分からないため、迷惑のメンバーで、馬券を買った人はいなかった模様、・・・ただ見るだけの競馬は塩をしていない焼き魚みたい・・・
帰ってきてからの夕食は、この日は数人ずつのグループで、我がグループは、先ず中華レストランに行ってみたが、「ビールはあるか」とたずねると「ノー」で、タイレストランへ、
やっと、ビールにありつく。・・・NZは健康的な国なんですねえ・・・
11/3 7日目
3回目の試合日、今日もKOは13:30 会場も隣町のPetone Recreation Ground、ホテル出発も11:30とやや早め、5面あるグランドはどれも今までで最も良い状態のグランドでモチベーションも高まる、ところがKOの時間が近づいても、あいてチーム"Ancient
Aztecs"(米国とNZのコンバインドチーム)が現れない、あけみさんに尋ねると、「今、横のグランドでやっていて、終わったらすぐに来るそうです」・・・なんか、すごくタフな奴らみたい・・・
我々が練習を終えて待っていると、横のグランドからぞろぞろ、中にひときわでかい、2mは越そうかという黒人選手が、下薗主将「あいつが球を持って走ってきたら、どうぞって言ってよけていいよ」と、今日も余裕あり、
試合は、1本目迷惑のタックルもよくきまり、黄パンで繋ぐ作戦もうまくいき、トライ数2−1の接戦、2本目、そこで相手が考えた作戦が、紫パンツを出すこと、と"Mr木本に自チームのユニフォームを着せて出し黄パンにタックルさせる" これが図にあたり、黄パンでの突進が妨げられたが、迷惑も、「自分も出してくれ」といわれてbWとして出した、他のグランドでのレフリングを終わったNZ人の活躍もあって、2本目もリード、3本目は、相手は女性3人、大穂氏を投入、迷惑には、NZ人に加え、相手からプロップが加入と、完全な親善試合の様相となったが、要所では紺や赤の激しいぶつかり合いもあって、好試合となり、徐々に追い上げられて、最後はめでたく引き分けとなった。
MVPは相手側チームで活躍した大穂氏が受賞。
勿論、ファンクションでは大盛り上がり、こちらのテーブルでは米国チームと、あちらではフランスチームと、その横でNZチームと、と、怪しげな英語力と理解力ながら笑い声が絶えず、内山氏が出発前に用意したプレゼント用品も次々にさばけ、貰った相手は大喜び。
11/4 8日目
ゴールデンオールディーズもいよいよ最終日、"お別れパ−ティー"の日。パーティーは19時からなので、昼過ぎまでは、各自、市内散策・お土産購入・昼食と、三々五々に過ごす、
翌日の出発が早朝5:00なので、夕方までにスーツケースのパッキングを済ませ、18時過ぎにバスでパーティー会場"ワイタンギ公園"に向かう、定刻の20分くらい前に会場に到着したものの、入り口は1箇所のみ(IDカード確認のためか?)で大群衆で混雑、入場してみると、テーブルはすでに満席(立食の予定が各国から要望があり急遽テーブルを入れたとか、で4000人の参加者に対して1500席しかなかったとか)あけみさんと馬場君で迷惑のテーブルは予約してますとのことであったが、もう既に他のチームに占領されている始末、大会本部の運営のいい加減さに、腹は立つものの、「しょうがない、どっか空いてるところに潜り込んで飲もう食おう」と頭を素早く切り替え、料理を提供するカウンターや、外国人のテーブルでも空いていれば「イクスキューズミー」で割り込み、気がつけば、迷惑で1テーブルを占めるまでに。反面それが思わぬ好結果に、狭いカウンターで立食してると、イタリア人が俺も入れてくれといってきたり、すぐ横でオーストラリア人がいたりで料理を分け合って、食べるなど自然に交流が広がる、適度にアルコールも回ってくると、怪しげな英語ながら、さらに交流が広がり、プレゼント用品も底をつき、遂に、IDカードまで、交換されてしまった人も数人、原田氏など「俺もネクタイを交換して欲しいから、頼んでください」と人に頼んでいたが、1度成功するや、自分1人だけで、交換相手を探して回り、戻ってくると「今日1日で俺もなんだか英語が上手くなった気がする」
11/5 9日目
試合・アルコール・パーティー・いくつもの楽しいイベントを満喫した、ゴールデンオールディーズも終わり、帰国の日、4:00のモーニングコールで起こされ、酔いの残りと寝不足の目をこすりながら、バスで夜の開け切らぬ空港へ、先ずはウェリントンからオークランドに移動したが、オークランド空港の出国カウンターは長蛇の列やっとの思いで通関後、あけみさんに、お世話になったお礼を述べてゲートへ向かう、時間の余裕は余りなく、免税店での買い物もあわただしく、機内へ、・・・無事に成田に到着し、大穂団長の挨拶で解団式、川崎夫妻・佐々木氏等とそこでお別れして、国内線に乗り継ぎ福岡へ・・・21:50定刻に福岡に到着やれやれ、
以上筆者の記憶を下に綴りましたが、ここに記載した以外の、エピソード等は、参加された諸氏からお聞きになってください。
誰も大した負傷をせず、心底からゴールデンオールディーズを楽しめたことを、立案者の斎藤氏・ツアーを手配した山内氏・団長大穂氏・主将下薗氏・JTBの馬場氏・前田氏・あけみさん・チームの仲間たち。に改めてお礼を申し上げます。
内山氏の談によると、2008年の大会に、電通がメーンスポンサーとして、福岡市開催で立候補、市や関係企業の内諾を得て、グランドは雁ノ巣やその他に整備して10数面を計画、パーティーはヤフードーム、ピクニックは阿蘇、などのプレゼンテーションを提示したが、エヂンバラに負けたとのこと、2010は南半球であるので、次の2012に再度立候補したいとのこと、実現すれば、迷惑にとってもすごいイベントになるはず、皆さんで応援と協力をしようではありませんか。