迷惑ラグビー倶楽部
 
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第1回 園田実
第2回 藤晃和
第3回 香月末光 重孝正
第4回 山内 康功
第5回 日野博愛
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迷惑通信
'07. 12  台湾遠征
'07. 6  故岸川資紀先輩を偲んで
'07. 3  故門司和男先輩を偲んで
'07. 3  第56回三惑大会(福岡)
'06.12 故茨木紀先輩を偲んで
'06.11 故吉村慶元先輩を偲んで
'06.11 N.Z.TOUR
     (GOLDEN OLDIESに参加)
'06. 7  台湾無惑クラブとの親善試合
'06. 4  第55回三惑大会(大阪)
'05.11 城戸靖さんを偲んで
'05.11 ねんりんピック福岡大会
'05. 5  第1回オーストラリア遠征
'05. 1  荒木鉄幸さんを偲んで
'04. 8  第1回シンガポールジョホール遠征
'04. 3  第53回三惑大会(福岡)
'03. 3  北田恵一さんを偲んで
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迷惑通信
 2006.11. N.Z.TOUR(GOLDEN OLDIESに参加)
今月号の迷惑HPの表紙にありますように迷惑の有志がNZでのGolden Oldies大会に参加して大いに九州迷惑の名前を轟かせてきました。
NZに向かう機内でAir New Zealand航空の機内誌に添付のような記事があるのを倶楽部員が発見。一躍斎藤氏が花形Heroになり、シュティワーデスからサインをねだられるやKissの歓迎(?)を受けるやらでおおもてだったそうです。
Rugbyの何が面白いかって?(機内誌の要約)
Air New Zealand航空機内誌
スコアーはどうであれGolden Oldiesスポーツを楽しむ大きな要素は"Sportsの楽しみ"と"友情"です。
参加資格はただ35歳以上をクリアーすればよいのです。
第1回大会は1979年オークランドで3カ国から14のTeamが参加。
以降、2年に1回開催。16回目の今回はNZ Wellingtonで4,000人以上の参加者。

現地のHPに写真が掲載されています。(こちらをクリック!)
試合に負けてもファンクションで勝つ!
ゴールデンオールディーズ ウェリントン大会
10/30 対COFFS HARBOUR GROPERS(オーストラリア) Gallaway公園 KO 13:30 20分×3
1本目 2本目 3本目
1 大穂 伊藤









2 石橋
3 許斐
4 小野 佐々木
5 松木
6 上田
7 内山
8 下薗
9 吉田 木本
10 花田
11 住吉 平野
12 斉藤
13 岩崎
14 山辺 川崎
15 原田
1本目
5分 BKに抜け出されトライされる。
0−5
7分 オープンに回されトライされる。
0-10
15分 相手、大穂氏へタックルし、レッドカードで退場。
17分 相手ゴール前、PKから、ラックを繰り返し松木、一人引きずってトライ。
      5-10
18分 KO後のモールから、オープンに回されトライされる。
5-15
2本目
2分 相手22mライン中央、PKから、木本→上田中央にトライ。
10-15
6分 相手10mライン中央、ラックから、木本→伊藤→上田、左中間にトライ。
15-15
10分 自陣10mライン、ラックから繋がれて中央にトライされる。
15-20
12分 相手ゴール前15m、ラックから、平野、トライ。
20-20
16分 相手10mライン、ラックからオープンに回されてトライされる。
20-25
18分 自陣10mライン、パスミスを拾われ繋がれてトライされる。
20-30
3本目
5分 自陣22mライン、スクラムからbWにサイドをを抜かれトライされる。
20-35
12分 ハーフライン、ラックから繋がれてトライされる。
20-40
15分 相手22mライン、スクラムから繋がれてトライされる。
20-45
19分 相手10mライン、ラックから、平野→小野→木本、トライ。
25-45

11/1 対 Mainland Kiwis & Ashley(NZ) Kilbirnie Park
1本目 2本目 3本目
1 大穂 伊藤 伊藤
2 石橋 大穂 石橋
3 許斐 佐々木
4 小野 佐々木 小野
5 松木 下薗
6 平野
7 内山 上田 上田
8 下薗 内山
9 木本 吉田 木本→吉田
10 花田 青柳 花田
11 住吉 山辺 住吉
12 青柳 斉藤 原田
13 岩崎 吉田→斉藤
14 斉藤 平野 山辺
15 原田 川崎
1本目
2分 ハーフラインから、木本、20m突進→青柳→斉藤、トライ。
5−0
5分 相手10mラインから、住吉、3人をかわし→岩崎、トライ。
10−0
7分 相手22mラインスクラムからオープン、黄パンを軸に数人で繋ぎ、内山、トライ。
      15−0
10分 相手CTBに中央を抜かれトライされる。
      15−5
16分 自陣10mライン、スクラムからオープン回されトライされる。
15−10
18分 スクラムからオープンに回されトライされる。
15−15
2本目
5分 自陣10mラインから黄パンを軸につなぎ、(?)トライ。
20−15
13分 パスミスを拾われトライされる。
20−20
16分 ハーフライン、スクラムから、オープンに回されトライあれる。
20−25
17分 KO後のラックからオープンに回されトライされる。
20−30
18分 相手陣からパスを繋がれトライされる。
20−35
19分 相手ゴール前まで攻め込むも、ターンオーバーからパスを繋がれてトライされる。
20−40
3本目
5分 FWで繋いで相手ゴール前まで突進→吉田→山辺、トライ。
25−40
10分 トライされる。
25−45
13分
25−50
15分
25−55
17分 PKから、花田、突進→松木、トライ。
30−55
19分 ハーフラインから、独走されるも、斉藤・川崎、追いかけ、ゴール前でタックルするが、拾われてトライされる。
30−60

11/3 対 Ancient Aztecs(アンカレッジ・サンディェゴ・オークランド) Peton Recreation G
1本目 2本目 3本目
1 大穂 佐々木 佐々木
2 石橋 大穂 石橋
3 許斐 許斐 米国人
4 小野 山辺 小野
5 松木 松木 下薗
6 内山
7 内山 上田
8 下薗 NZ人
9 木本 吉田 木本
10 花田 青柳 花田
11 住吉 山辺
12 青柳 斉藤 吉田
13 岩崎 原田
14 斉藤 平野 平野
15 原田 川崎 川崎
1本目
8分 木本トライ。
5−0
14分 花田→木本→斉藤→木本→花田、トライ。
10−0
18分 トライされる。
      10−5
2本目・・・・木本、相手側に出場
2分 ハーフラインから右に展開、岩崎→斉藤、右隅にトライ。
15−5
4分 黄パン軸にパスを繋ぎ、上田、右隅にトライ
20−5
6分 相手陣内からパスを繋がれトライされる。
20−10
9分 相手陣内から黄パン軸にパスを繋ぎ、川崎→山辺、右隅にトライ。
25−10
15分 黄パン軸にパスを繋ぎ、吉田、トライ。
30−10
17分 ハーフラインからパスを繋がれ、木本、(相手側の)にトライされる。
30−15
19分 ハーフラインからパスを繋ぎ、平野、トライ。
35−15
3本目・・・・大穂、相手側に出場
2分 女性3人でパスを繋がれ→紫パン、にトライされる。
35−20
4分 ラックから左へ展開、原田→川崎→山辺→吉田、トライ。
40−20
7分 ハーフラインから女性3人で繋がれて女性にトライされる。
40−25
9分 大穂のアシストでトライされる。
40−30
12分 吉田、自陣で女性をホールドして、レッドカード、退場、PKから女性に繋がれてトライされる。
40−35
18分 青柳→平野→花田→川崎、トライ。
45−35
20分 自陣ゴール前15m、斉藤、大穂(相手側黄パン)をホールドし、レッドカード、PKからトライされる。
45−40

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2006.10.28〜11.5 N.Z.TOUR写真集 写真提供 : 岩崎氏 
迫力満点マオリのショウでした 団長と美女群も盛り上がりました 歌って、踊ってドンチャン騒ぎ! 初戦のオーストラリアチーム(かなり本気で勝負) ファンクション会場(まずはビール)
ウエリントンの町並(ホテルの近くから一望) ワインツアー(南島マルボロ地方の広大なブドウ畑) フェリ船着き場近くで昼食 NZ戦(キャプテンからラグビー人形を贈呈) グランドでメンバー発表
第3戦のアメリカチームと アメリカチーム一番の大男と! 日本から7チームが参加してました 各自楽しんでいます 有名な歌手らしい?
アメリカチームの友人と 日本の凧に大喜び 国会議事堂 NZ最後は花火で締めくくり。  
2006 ゴールデン オールディーズ ウェリントン大会に参加して
山 辺 正 好

 昨年のサンジェゴ大会に不惑の一員として参加された、斎藤(正)氏の呼びかけ「素晴しいから是非迷惑でチームを組んで参加しようや」と、内山氏のお世話により実現した、迷惑倶楽部単独チームとして初のゴールデンオールディーズ。プレーヤー22名(団長大穂氏主将下薗氏)(平均年齢65歳)、チァリーダー12名、総勢34名でNZウェリントンの遠征。
 3試合とパーティーの思い出はまさに、普段に増す、ラグビーの醍醐味と外国の人々との交流の楽しさを存分に満喫した9日間でした。
 以下、つたない記憶を基に、思い出を綴ります。

10/28 1日目
 13:30福岡空港集合→関空で佐々木氏、川崎夫妻と合流し、結団式、内山氏の用意した、プレゼント交換用の、山笠手拭、ミニ達磨、ミニ凧、ミニ独楽のセット(これ等が後日、大活躍)を各自手にして、21:15,NZ航空に乗り換えてクライストチャーチへ向かう、迷惑の遠征には何かしら、ハプニングがつき物であるが、今回は何事もなく機内に収まる。

10/29 2日目
 機内で、NZ航空の機内誌を見ていた川崎氏、ゴールデンオールディーズの紹介記事の中に昨年のサンジェゴ大会で、不惑の一員として参加、球を持って突進している斎藤副会長の写真(半ページ大)を発見、早速斎藤氏に教え、斎藤氏喜色満面、数冊をバッグに詰め込む。
などのエピソードの後11時間30分のフライトを終え、日本との時差4時間のため現地時間12:45にクライストチャーチ着、国内便に乗り換えてウェリントンへ向かう、ところが、ウェリントンは強風のため、2回着陸を試みるが、危険が危ないと、機長が判断、着陸を断念してクライストチャーチへ引き返す。クライストチャーチに着陸したときに珍問答が「もうパレードには間に合わんな」「なんで、ゆっくり間に合うでしょうもん」・・・機内で寝ていたため引き返したことに気がついていない人が2〜3人(筆者も其の内の一人)・・・
 添乗員馬場・前田両氏と現地ガイドあけみさんの大わらわの活躍により17:30と18:30の2便に分かれて再度ウェリントンへ向かう。今度は無事着陸、あけみさんに入った情報によると、雨と強風のためパレードは中止になったそう、20:00過ぎにホテルに到着し、部屋にスーツケースを運び入れてすぐにフロントに集合、バスでウェルカムパーティー会場、"TEPAPA"(国立博物館)へ、1・2・3階まである広いホールも既に超満員。立食ながら飲み放題食べ放題とあって、各自ビールやワインを片手にもう片手にローストビーフなどを持ってうろうろ、ややあって、数人は、翌日の対戦相手オーストラリアのCOFFS HARBOUR GROPERSと出くわし、早速怪しげな英語で交流、許斐氏は相手プロップとスクラム対戦、文字通りの肩慣らし。
 ホテルへ帰着後、住吉氏の部屋で(シングル)7〜8人酒盛りを始めるが、しばらくすると隣部屋の外人さんからフロントに苦情が入ったらしく、注意されて、お開きに、12:00前後にベッドにもぐりこむ。

10/30 3日目
 さて、試合初日、KOは14:45 午前中は各自散策や休息で過ごし午後からシャトルバスで試合会場Gallaway公園へ、そこは公園にゴールポストを立てただけとあって、4面のグランド全て起伏や傾斜が、そして、千葉不惑や法政OBなどのチームの中に懐かしい顔を見出す。
迷惑の試合場は比較的傾斜や起伏のないグランド、相手は昨日挨拶済みのオーストラリアチーム、改めて見ると、赤パン2人他は紺パン、若くてでかくて早そう、試合は全て、20分−1−×3本、スクラムはプッシュなし、年上パンツに対してはホールドのみ、黄パン以上と女性に対してはホールドもなし、(ただし前進は10Mまで、黄パン同士女性同士はOK)ながら、1本目は、でかいだけでなく巧みなディフェンスと突進力に歯が立たず、切歯扼腕、下薗主将の闘志にも火がつき、「もっと飛び込んでタックルしよう」と檄が飛ぶ、ハーフタイムで、相手の助言「黄パンにもっとボールを持たせるべき」を受け、2本目からは黄パンでつなぎ3トライを上げるも、敵もさるもの、さるもねら、2〜3人でバインドして黄パンの前進を防ぎ、要所で走られて、結果は完敗となった。また、紺パンは、原田、川崎両氏のみとあって両名が球を持ったときは「ブラックパンツ!!」と叫んで嬉しそうに猛烈なタックルを浴びせていた。
 MVP(対戦相手からお互いに1名づつを選出、金メダルを贈呈)は、木本氏が受賞。
 試合後は会場内のでかいテントでファンクション、迷惑はテントの隅のほうに陣取ったのと、初日の不慣れもあってか、他チームとの交流は控えめであった。
 ホテルに帰着すると、インドネシアでの知人の結婚式に出席した後到着した青柳氏と合流
ただ、本人は着いたものの、荷物が未到着、シドニー空港で乗り換えた際、航空会社が積み替えをミスした模様。

10/31 4日目
 この日は本部の公式行事はなく、迷惑は全員、JTBの用意したオプショナルツアー "南島マルボロ地方ワインツアー"に参加、8時前にホテルを出発、港からでっかい(小倉〜松山のフェリーよりでかい)フェリーに乗り込み、配布されたチケットで各自朝食をチョイスし、テーブルで食事、までは、何事もなかったが、船が外海に差し掛かると、さしもの大型船もピッチングが起こり始める、おおかたの人は揺れの少ない中央部に異動したが、船首部分に残って酒をあおっていた数人のうち、大穂団長と原田氏、ついに船酔いでダウン、意外と虚弱体質の一面を見せた。南島の入り江に入ってからは波もなく間もなく船酔いも収まったようだが・・・3時間の航海を終えて南島に到着。
 軽い昼食後、陽気なドライバーMrトニーのバスでワイナリーへ向かう羊や牛の点在する、いかにもNZらしい景色の中を走ること1時間余り、一面のブドウ畑の中に巨大な蒸留塔の立ち並ぶワイナリー,Late Harvesut Semillonに到着、NZの大学を卒業してそこのワイナリーで働く日本人の青年から日本語で説明を聞き、(大部分の人はその後のワインの試飲の期待で気もそぞろであったが)ワインへの博識を深め、待望の試飲、数種類のワインを飲み比べて品定め、とは言うものの、「ここだけでしか販売していない」という謳い文句に弱い、筆者をはじめ、数人はその限定ワインを手に会計へ。
 2軒目は、姉妹のおばさんがオーナーというこじんまりとしたワイナリー、Forrest.先ずは葡萄畑で栽培法の説明を聞き店内のロビー、(長いすとテーブルがあり、なかなか気配りのされた試飲用のロビーであった)で、日本語で書かれた説明文を基に番号順に試飲・・・何番目のワインが美味しかったかが良くわかる、価格も良くわかる・・・これも、なかなかの気配りと商売上手。NZでのコンクールでゴールドメダルを受賞した云々というワインも試飲できたがさすがに値段も高くて購入した人は僅か。
3軒目はフランス系のワイナリー、試飲用に出されたワインも前2軒に比べて少なく、3軒目ということもあって、皆さんあまり興味を示さず。
最後は、だだっ広い畑と牧草地の真ん中にぽつんと1軒だけたたずむ、こじんまりとしたチョコレート工場、当然ながら、女性陣には本日1番の人気スポット、大量にご購入された模様。

11/1 5日目
 2回目の試合日、KOは13:30なので午前中は、殆どの人は外出せずホテルで英気を養う。
青柳氏の荷物も朝のうちに無事到着、試合場はKilbirnie Park, 相手はMainland Kiwi & AshというNZチーム、黄パン1人赤パン2人、他は紺パンというチームながら、見る感じでは、年齢は高そうで、好試合が期待できそう、下薗主将も2試合目とあって、気持ちにも余裕が、黄パンで球を繋ぐ作戦を考えたメンバー編成、試合後はグランドで部歌を歌うことを指示し、「気を抜いたプレーはダメだが、ゲームをしっかり楽しんでください」と檄を。
 試合は当方の思惑通り、黄パンで球を繋ぐ作戦が図にあたり、また、果敢なタックルも連発し、1本目はイーブンで終える。ところが、これが相手の闘志に火を就けたか、2・3本目は真剣で猛烈な攻防に打って出られ、思わず黄パンの大穂氏にタックルを浴びせ、レッドカードを貰う選手も出るほど。結果は完敗であったが、ノーサイド間際、ハーフライン近くからの、相手の独走を、斉藤・川崎で追いかけ、ゴール前で捕まえるなど、相手ギャラリーからも、歓声があがるなどをはじめ、試合内容は十分に満足すべきものであった。
 MVPは、プレーは勿論、チームワークの原動力となった高いキャプテンシーが評価されて、下薗氏に。
 試合後に、某氏、曰く、「試合の初めのほうで勝つと、相手は真剣になってくるから、次は初めは相手に勝たせとって、気を抜かせないかんばい」
 アフターファンクションでは、2度目とあって、皆さん、緊張も少なく、プレゼント交換に、ステージの前でのダンスにと、席を暖める間もない活動、特に、女性数人で作成した新聞紙で作った"兜"は大人気、次々に注文が舞い込み、指や手の平を真っ黒にしておおわらわ。ついには、ステージで歌っていた歌手に、『今日はジャパンデーだ!』と言わしめるほどに盛り上がり、「試合には負けたけど、ファンクションでは勝ったばい。」

11/2 6日目
 この日は本部が用意した"ピクニックデイ"バス・列車・バスを乗り継ぎ、広大な牧草地の中に造られた、だだっ広い競馬場"OTAKI RACE COURSE"へ、各自に配布されたチケットで早速、ビール・ワイン・ステーキなどをゲットし、芝の上のテーブルで優雅なランチタイムを満喫、余った飲み物券をかき集め、ワインのボトルを、夜の飲み会用に4〜5本ゲットしたのは当然。勿論、競馬も開催されていたが、馬券の買い方が良く分からないため、迷惑のメンバーで、馬券を買った人はいなかった模様、・・・ただ見るだけの競馬は塩をしていない焼き魚みたい・・・
 帰ってきてからの夕食は、この日は数人ずつのグループで、我がグループは、先ず中華レストランに行ってみたが、「ビールはあるか」とたずねると「ノー」で、タイレストランへ、
やっと、ビールにありつく。・・・NZは健康的な国なんですねえ・・・

11/3 7日目
 3回目の試合日、今日もKOは13:30 会場も隣町のPetone Recreation Ground、ホテル出発も11:30とやや早め、5面あるグランドはどれも今までで最も良い状態のグランドでモチベーションも高まる、ところがKOの時間が近づいても、あいてチーム"Ancient Aztecs"(米国とNZのコンバインドチーム)が現れない、あけみさんに尋ねると、「今、横のグランドでやっていて、終わったらすぐに来るそうです」・・・なんか、すごくタフな奴らみたい・・・
我々が練習を終えて待っていると、横のグランドからぞろぞろ、中にひときわでかい、2mは越そうかという黒人選手が、下薗主将「あいつが球を持って走ってきたら、どうぞって言ってよけていいよ」と、今日も余裕あり、
試合は、1本目迷惑のタックルもよくきまり、黄パンで繋ぐ作戦もうまくいき、トライ数2−1の接戦、2本目、そこで相手が考えた作戦が、紫パンツを出すこと、と"Mr木本に自チームのユニフォームを着せて出し黄パンにタックルさせる" これが図にあたり、黄パンでの突進が妨げられたが、迷惑も、「自分も出してくれ」といわれてbWとして出した、他のグランドでのレフリングを終わったNZ人の活躍もあって、2本目もリード、3本目は、相手は女性3人、大穂氏を投入、迷惑には、NZ人に加え、相手からプロップが加入と、完全な親善試合の様相となったが、要所では紺や赤の激しいぶつかり合いもあって、好試合となり、徐々に追い上げられて、最後はめでたく引き分けとなった。
 MVPは相手側チームで活躍した大穂氏が受賞。
勿論、ファンクションでは大盛り上がり、こちらのテーブルでは米国チームと、あちらではフランスチームと、その横でNZチームと、と、怪しげな英語力と理解力ながら笑い声が絶えず、内山氏が出発前に用意したプレゼント用品も次々にさばけ、貰った相手は大喜び。

11/4 8日目
 ゴールデンオールディーズもいよいよ最終日、"お別れパ−ティー"の日。パーティーは19時からなので、昼過ぎまでは、各自、市内散策・お土産購入・昼食と、三々五々に過ごす、
翌日の出発が早朝5:00なので、夕方までにスーツケースのパッキングを済ませ、18時過ぎにバスでパーティー会場"ワイタンギ公園"に向かう、定刻の20分くらい前に会場に到着したものの、入り口は1箇所のみ(IDカード確認のためか?)で大群衆で混雑、入場してみると、テーブルはすでに満席(立食の予定が各国から要望があり急遽テーブルを入れたとか、で4000人の参加者に対して1500席しかなかったとか)あけみさんと馬場君で迷惑のテーブルは予約してますとのことであったが、もう既に他のチームに占領されている始末、大会本部の運営のいい加減さに、腹は立つものの、「しょうがない、どっか空いてるところに潜り込んで飲もう食おう」と頭を素早く切り替え、料理を提供するカウンターや、外国人のテーブルでも空いていれば「イクスキューズミー」で割り込み、気がつけば、迷惑で1テーブルを占めるまでに。反面それが思わぬ好結果に、狭いカウンターで立食してると、イタリア人が俺も入れてくれといってきたり、すぐ横でオーストラリア人がいたりで料理を分け合って、食べるなど自然に交流が広がる、適度にアルコールも回ってくると、怪しげな英語ながら、さらに交流が広がり、プレゼント用品も底をつき、遂に、IDカードまで、交換されてしまった人も数人、原田氏など「俺もネクタイを交換して欲しいから、頼んでください」と人に頼んでいたが、1度成功するや、自分1人だけで、交換相手を探して回り、戻ってくると「今日1日で俺もなんだか英語が上手くなった気がする」

11/5 9日目
 試合・アルコール・パーティー・いくつもの楽しいイベントを満喫した、ゴールデンオールディーズも終わり、帰国の日、4:00のモーニングコールで起こされ、酔いの残りと寝不足の目をこすりながら、バスで夜の開け切らぬ空港へ、先ずはウェリントンからオークランドに移動したが、オークランド空港の出国カウンターは長蛇の列やっとの思いで通関後、あけみさんに、お世話になったお礼を述べてゲートへ向かう、時間の余裕は余りなく、免税店での買い物もあわただしく、機内へ、・・・無事に成田に到着し、大穂団長の挨拶で解団式、川崎夫妻・佐々木氏等とそこでお別れして、国内線に乗り継ぎ福岡へ・・・21:50定刻に福岡に到着やれやれ、

 以上筆者の記憶を下に綴りましたが、ここに記載した以外の、エピソード等は、参加された諸氏からお聞きになってください。
 誰も大した負傷をせず、心底からゴールデンオールディーズを楽しめたことを、立案者の斎藤氏・ツアーを手配した山内氏・団長大穂氏・主将下薗氏・JTBの馬場氏・前田氏・あけみさん・チームの仲間たち。に改めてお礼を申し上げます。
 内山氏の談によると、2008年の大会に、電通がメーンスポンサーとして、福岡市開催で立候補、市や関係企業の内諾を得て、グランドは雁ノ巣やその他に整備して10数面を計画、パーティーはヤフードーム、ピクニックは阿蘇、などのプレゼンテーションを提示したが、エヂンバラに負けたとのこと、2010は南半球であるので、次の2012に再度立候補したいとのこと、実現すれば、迷惑にとってもすごいイベントになるはず、皆さんで応援と協力をしようではありませんか。

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ゴールデンオールディーズ・ウエリントン遠征記
内 山 健 三

 迷惑クラブとしては初となるゴールデンオールディーズ(以下GO)ウエリントン大会に総勢34名(1名は途中参加)が関西国際空港を10月28日土曜日の21時に出発。
長時間のフライトの後、クライストチャーチに到着、国内線に乗り換え、強風と雨の中、ウエリントンへ小1時間激しく揺られやっと着陸、と思ったとたんまたもエンジンをふかして上昇、結局クライストチャーチへ逆戻り。2時間後に二手に分かれて再挑戦。やっとの思いで現地に到着。パレード、開会式は中止となり、歓迎会はすでにドンちゃん騒ぎの真最中。終了後へとへとになりながら、古くて小さなホテルへ到着。過去の大会に較べて餘の違いに先が思いやられる。(その心配は不幸なことにあちこちで的中することになる)

翌日は打って変わってよい天気となり、最初の試合会場に向けて出発。バスで15分ほどの第一会場は5面のグランドを有し、すでにあちこちで試合が行われていた。
相手は豪州の「コフ・ハーバー・オールド・グラッパーズ」(年寄りアシカ)というチーム14時45分にKO。こちらが平均60歳以上ということでかなり手加減してくれたが、それでも黄パン(相手はノータッチ)がパスを繋ぎ、トライをとると、とたんに敵の若手が走り出して逆転トライをとられる、というパターンで、結局4トライ対6トライで負け。なにしろ45歳平均で180cm以上、100kg、の大男ぞろい。唯一の紺パンH氏は再三厳しいタックルをくらい、かなりのダメージを受けた。この試合のベストプレーヤーには、木本氏が選ばれた。
終了後はグランド横のテントの中で、ラム、チキン、などの料理を肴に、ビール、ワイン、をしこたま飲んで、他のチームと交歓会。2時間ほどでホテルへ戻り、全員揃って中華料理の夕食。

3日目はオプショナルツアー。南島(ウエリントンは北島の南端)へフェリーで3時間。
バスで3箇所のワイナリーを見学。行く先々で少しずつではあるが様々なおいしいワインを試飲しているうちにだんだんと酔っ払い、いい気持ちになってくる。天気もよく、さいごはチョコレート工場でお土産をしこたま購入。帰りのフェリーが1時間遅れ。3時間波に揺られて戻ってくると、迎えのバスがいない!

4日目は第2試合。今度はニュージーランドの「メインランド・キーウイー&アッシュ」というチーム。初日に比べ体も余り大きくなく平均年齢も50代後半。お互いに、厳しいときは厳しくプレーし、結果的には4トライ対7トライで負けとなったが、ほぼ全員満足できた試合となり、試合後の部歌斉唱は大きな声を張り上げて熱唱。今回は、下薗氏がベストプレーヤーとなる。終了後テントの中で恒例の飲み会。夕食は予約してあった海辺のシーフードレストランで楽しむ。

5日目は、ピクニックデー、バスで駅に行き、列車で40分ほどのところにある、オタキ競馬場へ。このときもチケットの配布ミスでバスを待たされる。競馬場ではこの大会のために特別に開催されたレースを楽しみ、中には少し儲けた人も、いたとか、いなかったとか。
好天気のため、テントの外のテーブルで、肉料理を平らげ、ビール、ワイン、を楽しんで、終了。今夜の食事は各自ばらばらに取ることとなる。

6日目は愈々最終試合、相手はアメリカ(アラスカ・サンディエゴ)とニュージーランドの連合チーム。「エインシャントAZテクス」。試合開始直前になっても相手がいない、と思っていたらすでに一試合、別のチームと対戦中。その試合終了後こちらに向かってくる連中を見てびっくり。2メートルは優にあろうかという大男が数人いるは、150キロはありそうなのはいるは、ところが試合が始まってみると、黄パンルールをフルに活用して、あっという間に2トライしてしまった。それからは、とったりとられたりとなる。最終試合ということもあり、中半からは、敵味方選手を入れ替えたり、豪州の若手が助っ人に入ったり、後半には、相手に数人の女性(結構良いプレーをしていた)が入ったりして、全くの親善試合となった。
ベストプレーヤーには大穂氏が選出され、終了後はまたもテントの中で盛大な交流会。
この日の夕食は全員で韓国料理となる。

7日目は最終日ということで午前中は全くのフリー、三々五々ショッピングや観光に出かけるが、小さな町(45万人)なので、あちこちで仲間に出会う。夕方からサヨナラパーティーに向かうが、これがとんでもない状況。4000人が集まっているにも拘らず、テント内に用意されているテーブルは1300人分しかない!!しかも先着順のため、われわれがついたときには全く席が無い。かろうじて不惑の人が抑えた1テーブルに交代で座って食事をする有様となる。ステージでは一流バンドが熱演しているが、翌日の出発が早朝5時であり、疲れもあるため、交流もほどほどにしてホテルへ。

せっかく楽しみにして、大勢参加してもらったのにも拘らず、今回の大会運営が全くなっておらず、皆様に大変なご不満を与えてしまったことは、呼びかけた本人として真に申し訳なく思っております。
事前に届くはずのマネージャーガイドブックも2日目に渡されたり、お土産に用意されたウインドブレーカーも大き目のサイズが無かったり、バスは順調に運行されなかったり、最終日のパーティにいたっては、過去5回参加した小生としても、唖然とするものでした。

マネージャーミーティングでも各チームから多くの苦情が出され、次回のエジンバラ大会への大きな反省として持ち越しとなりましたが、エジンバラでは、聖地マレーフィールドで歓迎会や、エジンバラ城でのパーティーなど、楽しみなところもありますが、やはり小さな町なので、ホテルやバスの問題などが気にかかります。

2008年に福岡での開催を立候補しエジンバラに負けましたが、今回の運営振りを見て、むらむらと闘志がわいてきました。「日本で開催したら、完璧に満足させてやる!」という気持ちが強くなってきました、福岡市、県、は、是非やりたいということなので、2012年目指して、再挑戦してみたいと思っています。


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