迷惑ラグビー倶楽部
迷惑倶楽部紹介
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メンバー紹介
迷惑超勇名選手紹介
第1回 園田実
第2回 藤晃和
第3回 香月末光 重孝正
第4回 山内康功
第5回 日野博愛
クラブ員掲示板
迷惑通信
'07. 12 台湾遠征
'07. 6  故岸川資紀先輩を偲んで
'07. 3  故門司和男先輩を偲んで
'07. 3  第56回三惑大会(福岡)
'06. 12 故茨木紀先輩を偲んで
'06. 11 故吉村慶元先輩を偲んで
'06. 11 N.Z.TOUR
     (GOLDEN OLDIESに参加)
'06. 7 台湾無惑クラブとの親善試合
'06. 4 第55回三惑大会(大阪)
'05.11 城戸靖さんを偲んで
'05.11 ねんりんピック福岡大会
'05. 5 第1回オーストラリア遠征
'05. 1 荒木鉄幸さんを偲んで
'04. 8 第1回シンガポールジョホール遠征
'04. 3 第53回三惑大会(福岡)
'03. 3 北田恵一さんを偲んで
試合報告
迷惑倶楽部オーナーレストラン
 
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倶楽部生い立ち
 
迷惑倶楽部の創設
 
昭和24年(1949年)創設
迷惑倶楽部誕生の時期については、諸説があるが「九州ラグビー史」(昭和47年・九州協会発行)によると、上記の年が創設の年とされている。
現在のユニフォーム
誕生時のいきさつ
戦後、各地から故郷に帰ってきた、かっての福岡クラブの連中を終結させた陰の力は、私費を投じてかく人に送り続けた、溝口博氏の『ラグビー通信』であった、これによって、戦後ラグビーの復活を早めた。
昭和24年には、福岡クラブを後輩にゆだね、関東「不惑」関西「惑惑」に続いて「迷惑」の誕生となった。
初会合は、森文太郎宅、集まった面々は、速見伝吉、大松勝明、和田正夫、溝口博、安武一道、松隈保等である
溝口 博 氏
創設時のジャージ
萌黄色、左胸に「にわか面」のマーク。「にわか面」とは、博多どんたく等で披露される、「博多にわか」に使われる面。
迷惑の名称の由来
創設時の会合で「あえて『惑』にこだわることもなかろう」という意見もあったが、ゲームさえ出来れば良か、という連中にとっては「名前やらどげんでもよかばい、迷惑なこっちゃなー」と言っているうちに、「そんなら、『迷惑』にするか」となった。
世話人制度
創設時の迷惑倶楽部には、会長・主将・主務などは無く、倶楽部の運営から、試合の段取りまで総て、「世話人」によって行われていた。
主将は、試合の都度、決められていた。
初代世話人は、大松勝明・松隈保・安武一道・溝口博
運営費用
昭和24年〜34年、世話人のポケットマネー、
昭和35年〜46年、年会費500円
誕生初期は、倶楽部の運営費も、はがき等の通信費のみで、総て世話人の個人的出費に頼っていたが、会員・試合数ともに増加し、協会費やグランド使用料などが嵩んできたので、昭和35年の総会により、年会費を徴収することに決定。